2012年1月18日 (水)

紙一重

1/15(日)晴れ

 午前中に目を覚ましたのだが、なかなか布団から這い出ることができず、ボーッとテレビを見ながら時間だけが過ぎ去っていく。

 いよいよトイレが我慢できなくなった頃、ようやく起き上がった。時計をみれば正午を回っている。

 昨晩の残りのカレーを食べ、いつもの身支度を済ませた。

 家を出ようとしたその時、ある異変に気が付いた。心拍数が高い。若干だが痛みも感じる。

 半年前に完治したはずの病気が再発してしまったのかもしれない。

 さて困った。しかし、今日はMFCを打つと以前から決めている。死にはしないさ、出掛けてしまおう。

 いつもの電車で横浜駅に移動し、またぞろゲーセンA店へやってきた。

 カードをかざすと、無事に東風SSへ昇格していた。Sリーグ第15位だったそうな。

 気分良く東風SSリーグに参戦。12戦して、


 1.3.3.1.4.1.3.3.2.1.1.2


 今日も初戦に勝利。今年は縁起が良さそうだ。

 快調に局を進めていたのだが、問題は5戦目に到来した。

 5戦目、東1局親番。6巡目にタンピンドラドラの5-8索テンパイ。昨年の小生であれば、迷わず立直して跳満ツモを狙うところなのだが、今回はダマで11,600点を和了したい衝動に駆られてしまった。

 悩んだ末、立直をかけずにダマを選択。ジリジリと卓を睨み付けるが、待ち牌は出てこない。すると9巡目に対面から立直の声。

 しまった。やはり親の立直で牽制するべきであったか。後悔先に立たず。

 一発目に掴んだ牌は、生牌の西。対面の捨て牌に5-8索は無い。ならば追っかけるまで。えーいままよ。


 『(追っかけ)立~直!』


 しかし、無常にも対面からロンの声。立直・一発・七対子とのこと。無念。

 6,400点の失点を取り返すことができず、本日唯一の最下位と相成った。しかも、真龍クライマックスの初戦。7回もチャンスがあったというのに、1回目で終わってしまった。あの炎の卓は嫌いだ。やれやれ。

 終わってみれば、12戦5勝。これだけを見れば御の字なのだが、今日は3着が多かった。リーグポイントを叩き出すためには、もう少し2着を拾っていかねばなるまい。降りながらも形式テンパイを狙っていく技術の向上が必要なのであろう。

【本日の戦績】
真珠±0個
黄珠+8個(×2戦・総取戦にて勝利、☆×10にて獲得あり)
CS+79,500

真珠累計30個
黄珠累計901個


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2012年1月15日 (日)

新年会の前に

1/7(土)晴れ

 無事に2012年の仕事始めを済ませたばかりだというのに、早速の3連休。今日は得意先の社長さん達と男4人で新年会。集合時間は18時だが、14時に家を出た。

 横浜駅に到着し、新年会までの残り時間は3時間ほど。ダーツを投げるか、麻雀にするか軽く悩んだ。

 ネットカフェのダーツであれば、3時間で1,400円。時間的にも丁度良い。

 よし!ダーツを投げようと決意しながら横浜西口5番街を歩いていると、無性に麻雀が打ちたくなってきた。完全に病気だ。缶コーヒーを買い、結局いつものゲーセンA店に足を踏み入れた。

 前回の成績で東風SリーグからSSへの昇格は確定している。カードをかざし、まずは半荘AⅠリーグを選択。1戦して、

 3

 和了も少なく、打ち込みもない。空気と化したまま、あっさりと3着で終了。昔であれば200円であったが、約25分で300円が消えてしまった。やはり現状の料金体制では、半荘を打ち続けるのは厳しすぎる。

 即座に東風リーグへ移動。東風で局数を稼ぎ、転生機会を増やした方が良かろう。どうせ新年会までの時間潰しだ。のんびり行こう。

 時間ギリギリまで闘牌を続け、東風を10戦して、

 1.1.3.1.1.4.3.2.1.4

 前回の1月5日と同様、連勝スタートを飾ることができた。序盤で黄珠やCSがプラスであると、精神的に楽になる。

 現在は真龍であるため、とにかく堅く打ち、最下位にならないように心掛けているのだが、6戦目に痛恨の最下位。こういう時に限って勝者が真龍とは、なんとも切なくなる。

 最下位に沈んだ後は、手牌に苦しみ、必死にガードを堅くして立ち回り、無難にまとめて時間調整もバッチリ決めることができた。

 2012年、何故か不思議と好調が持続している。年男だからということにしておこう。東風SSリーグに行っても順調なら良いのだが、果たして結末は如何に。


【本日の戦績】
真珠±0個
黄珠+5個
ガラス-1個
CS+68,100

真珠累計30個
黄珠累計893個


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2012年1月14日 (土)

連勝

1/5(木)晴れ

 街は動き始めているというのに、小生の仕事始めは1月6日。明日からの出勤に備えて、いつもと同じ時間に目を覚ました。

 さて、とくに用事がない。撮り溜めていたテレビ番組に軽く目を通した後、あてもなく身支度を済ませて家を出た。

 平日の昼間とあって、すれ違う人も皆無だ。鼻歌を弾ませながら最寄り駅へ到着した。

 何も考えずに横浜駅で下車し、昨日と同じゲーセンA店へ入店した。不思議なもので、勝てばすぐに打ちたくなるものだ。これだから依存症は治らない。

 いつものようにカードをかざし、東風Sリーグに参戦。9戦して、

 1.1.4.1.1.1.2.3.3

 昨日までの好調を持続し、初戦から気持ちよく連勝を飾った。

 3戦目、オーラスで僅差のトップ目だったというのに、下家の対々に刺さってしまい、100点差で最下位に沈んだ。不覚。

 しかし、この敗北で冷静になれたのか、渾身の3連勝。Sリーグのポイントも59.27まで上昇した。してやったり。

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 クレジットが残っていたため続行したが、最後の3戦は最下位を回避するのがやっとであった。

 久しぶりに真龍クライマックスでも勝利し、転生することもできた。今年は堅い麻雀を心掛けていこう。

【本日の戦績】
真珠+1個
黄珠+6個
CS+94,100

真珠累計30個
黄珠累計888個

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2012年1月 9日 (月)

新春初打ち

1/4(水)晴れ

 三箇日を自宅で過ごし、2012年4日目にして初めての外出。雑に伸びたヒゲを剃り、いつもの身支度をして家を出た。外は冬の抜けるような青空が広がっている。

 横浜駅の立ち食い蕎麦で腹を満たし、缶コーヒーを片手にA店へ到着。まずは半荘AⅠを2戦して、

 2.3

 とにかく振らないことを意識しながら打っていたのだが、特段見せ場も無く終わってしまった。

 気持ちを切り替えて東風Sリーグへ移動。4戦して、

 1.1.1.3

 ここでも固く打つことを心掛け、牌勢にも恵まれ3連勝。最後は辛うじて最下位を回避することができた。してやったり。

 ここでA店を後にし、関内のM店へ移動した。20時から飲む予定のため、時間調整で東風Sリーグを2戦だけ。

 2.1

 先程までの好調を持続し、真珠を増やすことに成功した。にんまりしながら終了し、居酒屋へと向かった。

 M店の近くの居酒屋で2時間ほど飲み、横浜駅のダーツバーA店へ移動して飲み直し。ダーツの新春初投げは、カウントアップで900点台を2回も叩き出すことが出来た。こいつは春から縁起がいいや。

【本日の戦績】
真珠+1個
黄珠+4個
ガラス-1個
CS+64,000

真珠累計29個
黄珠累計882個


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2012年1月 5日 (木)

4周年

 新年明けましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。

 2008年1月1日に当ブログを開設し、早4年の月日が経過してしまった。最近では更新する頻度も著しく下がってしまったが、今年も細々と続けて参ります。

 まず、MFCの近況だが、昨年12月に適当に打ちすぎてボコボコにされ、四神数が豆粒のようになったまま年を越してしまった。

 半荘は規定対局数に届かないまま、SSS→AⅠまで急降下。東風は辛うじてSに在籍している。ホームショップのゲーセンが値段を下げない限り、今年は東風リーグだけを打つことになりそうだ。

 一方、ダーツの方は絶好調。昨年11月頃にグリップを変更したことが功を奏し、飛びが非常に安定している。

 ダーツを始めて丸8年になるが、8年目にしてカウントアップの自己最高点(986点)を叩き出し、レーティングも過去最高水準を維持している。現在、ダーツライブでRt.12.23。今はダーツが楽しくて仕方がない。当面の目標は1,000点プレーヤーだ。


 慌ただしい年末を乗り越え、2012年を無事に迎えることができたのだが、正月早々、大きな地震に揺さぶられ、少々不安に感じてしまった。今年こそは平穏は日々であることを願うばかり。

 元日は実家にて家族や親戚と酒を飲み、2日3日は大好きな箱根駅伝を堪能した。3日間で家を出たのは、タバコを買いに行っただけで終わってしまった。

 4日5日とMFCを打つ機会があったため、後日更新予定。


 最後に、昨年の正月に掲げた目標を見直してみた。体調を崩したこともあり、神戸旅行しか叶えることができなかった。今年は健康管理を怠らず、一つでも多くの目標を叶えたいところ。

 ・墓参りのため和歌山県に行く
 ・名古屋で飲む
 ・石川県でダーツバーを経営している友人の店に再訪する
 ・フルマラソンに挑戦する
 ・草野球に参加
 ・ゴルフを始める

 さて、どれだけ実現できるか楽しみだ。

2011年12月17日 (土)

埼玉日帰り旅行2011

 事の発端は今から約8年ほど前に遡る。以前にも登場したS氏(2011.8.17我が良き友よ、をご参照ください。)と伊勢崎に向かう途中、1軒のバッティングセンターに立ち寄った。

 その名は、『桶川バッティングセンター』

 伊勢崎までの道中の気晴らしに立ち寄ったのだが、入ってみると奥行きの広さに驚嘆した。横浜のバッティングセンターに比べると、10メートルほど余分に奥行きがあり、ライナー性の当たりを打つと、その弾道を眺めるのが非常に楽しく、すぐ虜になってしまった。

 あれから8年、いつものI氏・K氏・S氏と4人で桶川バッティングセンターへ行くことと相成った。

 午前8時50分、予定より早くK氏の車が到着した。慌てて自宅を飛び出すと、車内には3人が勢揃いしている。

 「おはようございますw!」

 外は快晴。かなり冷え込んでいるが、旅行日和だ。コンビニで飲み物を購入し、いざ桶川。

 横浜から渋滞している首都高を北上し、徐々に埼玉県が近づくにつれ、テンションが上がってくる。

 約2時間をかけ、ついに桶川バッティングセンターに到着した。よかった、無事に営業している。手前のゲーセンコーナーは少し様相を変えていて不安になったが、いざ奥のバッティングコーナーへ足を踏み入れると、ここは8年前と同じままだ。してやったり。

 1回200円だが、どうやらカードを買うと1,000円で7回できるらしい。早速4人共有で2,000円分のカードを購入しバッティング開始。

 やはり素晴らしい。ライナーが奥のネットに当たる度に、心地良い快感が全身を駆け巡る。

 あっという間に2,000円分を消費し、一旦ゲームコーナーへ。懐かしい脱衣麻雀に100円玉を投入。私はまったく和了できずに終了したが、I氏は同じゲームで満貫をツモった。強い。

 30分ほどゲームを堪能した後、再度1,000円分のカードを購入し、バッティングコーナーへ。ラストを噛み締めるように打ち続けていると、場内から機械音のアナウンスが鳴り響いた。

 どうやらI氏が流し打ちでホームランのボードを打ち抜いたらしい。ホームラン賞として景品が貰えるとのことで、一緒に景品を見に行くと、なんと1,000円分のカードが展示されていた。受付でホームランを自己申告し、晴れて1,000円分のカードを無料でゲット。してやったり。さぁ、延長戦だ。

 くたくたな身体に鞭打って、最後まで白球と対峙を続け、大満足の一時と相成った。

 K氏の車に舞い戻り、次は川越へと車を走らせた。目的地はウナギの「いちのや」。ここも8年前の旅行で立ち寄った場所だ。S氏の希望で再訪が決定。

 桶川からの道中、空から降りてくるパラシュートが5つほど見えてきた。どうやらスカイダイビングのようだ。バンジージャンプには興味があるが、スカイダイビングは罰ゲームでもない限り、恐ろしくてやりたくない。

 長閑な風景を楽しみながら30分ほどで川越に到着した。時刻は午後2時前。どうやら客のピークが終わった頃のようで、さほど待たずに着席することができた。

 S氏とK氏は鰻重、I氏と私はひつまぶし。値段は張るが、大満足だ。8年ぶりの再会に感激しているS氏の表情は、私にとって忘れられない思い出になろう。

 腹を満たし、川越の蔵造りの街並みを散策しようとしたのだが、地図も見ずに車を走らせていたら、見当違いの場所のパーキングに停めてしまったようだ。

 しかし、おかげで川越駅前の繁華街も見ることができ、とても楽しかった。

 母親への芋菓子を購入し、自分への土産として日本酒『鏡山』を購入した。

 土産を選んでいる際、疑問に思ったことは、芋をプッシュしている割に芋焼酎を売っていないことだ。『川越』という名の焼酎があるにもかかわらず、なぜ販売されていないのであろうか。不思議でならない。

 なお、『川越』という焼酎は、宮崎の焼酎だと知ったのは、自宅に戻った後での話。

 すっかり陽も暮れ、後ろ髪を引かれる思いで横浜へと舞い戻った。ジョナサンで旅の話をし、来年は草野球・ゴルフ・温泉旅行に行くことを約束し、とて充実した一日が終了した。

 みんな、ありがとう!

2011年11月 3日 (木)

100円

11月3日(祝)曇り

 とても助かる週中の祝日。目覚ましを無視して、いつもより遅めに布団を出た。アイスカフェオレを飲みながら為替相場を眺め、淡々と時間が流れていく。

 さて、どうしよう。とくに用事はない。職場に行って仕事でもしようかとも考えたが、折角の祝日だ。久しぶりにMFCでも打ってみようか。

 いつもの身支度を済ませ、自転車で最寄り駅まで駆け抜ける。予定の電車にピタリと間に合った。してやったり。

 横浜駅に到着し、時刻は正午過ぎ。小腹が空いたため、駅前の立ち食いそば屋に寄ってみた。相変わらず大盛況だ。

 「わかめそばください。」

 と、私が注文した直後に、別の声で「コロッケそばください。」

 すると店員のおばちゃんが、「はいはい、コロッケさんは360円、わかめさんは300円ね。」

 コロッケさんのせいで、わかめさんと呼ばれてしまった。ミニスカートを履いているわけではないのだが、カツオの妹になった気分。

 腹が満たされたところで、缶コーヒー片手にゲーセンS店へ到着した。MFCは約10日ぶり。現在東風SSS、半荘SSリーグに所属しているが、もう維持をする気力はない。Sまで落ちて構わない。戦意喪失中だ。

 とりあえず東風SSSを3戦し、1.3.4。

 初戦こそ勝利できたが、最後は情けない惨敗。

 気持ちを切り替えるつもりで半荘SSに移動し、1戦だけして3着。

 まだ時刻は13時過ぎだが、打ち続けるモチベーションが無い。軽く打つ程度が丁度良いゲームなのかもしれない。MFC2の頃の鬼打ちしていた自分が懐かしい。私が変わったわけではなく、ゲームが変わりすぎてしまったのだ。

 S店を出て、ドラッグストアで買い物を済ませ、自宅の最寄り駅まで戻ってきた。自転車にまたがり信号待ちをしていると、10年以上通い続けている床屋が目に入ってきた。

 そろそろ髪を切るタイミングではあるが、祝日だから混んでいるであろう。とりあえず店内を覗いてみたら、先客ゼロ。なんという幸運。待ち時間が無いのならば、髪を切る一手。おかげでサッパリした。

 自宅に戻り、ハンゲームで将棋を指したり、観戦したりしながらのんびり時間を過ごしていると、友人から一通のメールが届いた。内容は、大井競馬のJBCクラシックのこと。

 不覚。完全に忘れていた。

 待ち合わせをしていたわけではないが、友人に今日は行かない旨を伝え、MXテレビで観戦することにした。

 メインレースのJBCクラシック。終わってみれば人気の2頭のマッチレースと相成った。一番驚いたことは、普通馬複の配当が100円。こんな数字は初めて見た。行かなくて正解だったのかもしれない。

 一杯だけ日本酒を飲み干し、貴重な祝日が過ぎ去っていった。

2011年9月28日 (水)

旅打ち日記~宇都宮編⑥続き~

 二日目の朝、軽い二日酔いを感じながら朝日を浴びる。今日も快晴だ。

 チェックアウトの時間ギリギリまでのんびりし、午前10時に宿を出た。まず向かった先は昨日も訪れたゲーセンヒカリ。

 到着すると、さすがに先客は無し。気分良く端台に腰を下ろし、いつものカードを機械にかざした。

 東風を4戦したが、中間順位ばかり。途中、6巡目にツモ四暗刻テンパイ即立直をしたが、ノミ手で流されてしまった。無念。

 正午前に席を立ち、いつもの餃子を食べに行こう。東武宇都宮駅前から新鹿沼行きのバスに乗り、睦町で下車。みんみん睦町店で焼餃子2つとライスを堪能して大満足。

 会計を済ませ、近くの淀川酒店へ立ち寄った。ここも宇都宮へ訪問する都度、必ず寄るようにしている。

 お目当ては日本酒の『越州』であったが、同じ朝日酒造の久保田が目に入ってきた。720mlの萬寿・千寿・百寿が3本セットで6000円也。安い!横浜では絶対に入手できない代物だ。

 店長らしき御老人に『これ安いですね!』と声をかけ、3年前から毎年来ていることを告げると、どこか嬉しそうな顔をしてくれた。

 『箱が不要なら5700円でいいですよ!』

 なんと!元々安いと感じているところから300円もおまけしてくれた。ありがたい。大事に飲ませていただきます。

 他にも栃木県の日本酒を2本購入し、これにて帰ってからの楽しみができた。してやったり。

 宅急便の手配を終え、近くのゲーセンシーサイドリゾートへ到着。ちょうどタバコが吸いたい気分だ。

 端台に腰を下ろし、東風リーグに参戦したが、初戦からボコボコにされてしまった。2戦で終了し、店を後にした。

 さて、もう少し宇都宮を堪能したいところではあるが、明日は早くから仕事もある。腹八分目で帰るとしよう。

 JR宇都宮駅でお土産を購入し、ガンジー牛乳のアイスを片手に湘南新宿ラインへ乗り込んだ。

 少し見慣れてきた車窓の風景を眺めていると、戦友への感謝の気持ちが溢れてきた。

 出会いから早12年。出会った頃は、お互いに大きな目標を掲げて切磋琢磨していたが、今はどうだろうか。

 戦友は税理士として大きく飛躍し、一方の私は言い訳だらけだ。仕事のせいにして勉強を疎かにし、挙げ句の果てにゲーセン三昧。これでは大差が埋まるはずがない。

 元ライバルとして、少しは意地を見せなければなるまい。

 決意を新たにする大切な旅と相成った。改めて戦友よ、ありがとう。


2011年9月26日 (月)

旅打ち日記~宇都宮編⑥~

9月某日

 宇都宮再訪。このブログを書き始めてから、早くも6回目の訪問と相成った。

 土曜の朝から所用を済ませ、大きな旅行カバンを片手に病院で順番待ち。まだかまだかと焦る気持ちを嘲笑うかのように、いつまでたっても名前が呼ばれない。

 乗りたい電車に間に合わないことが確定した頃、ようやく順番が回ってきた。まるで閉店間際の確変だ。

 いつもの薬が処方され、やっと自由の身となった。さて、どの道で宇都宮へ向かおうか。

 ここは新横浜。横浜駅から湘南新宿ラインに乗るのが定番だが、失った時間を取り返そうと、選んだ手段は新幹線。いつしか大人になったもんだ。新横浜駅でお土産を購入し、到着したばかりの新幹線に飛び乗った。

 あっという間に東京駅へ。みどりの窓口で宇都宮までの新幹線料金を聞いてみると、予想以上の料金が耳に入ってきたため、ここからは在来線で行こう。

 山手線で上野駅へ移動し、宇都宮線の古河行きに駆け込んだ。流れ行く景色が夏の終わりを知らせてくれる。

 古河駅で乗り換え、無事に宇都宮へ到着した。改札を出て、いつものバスターミナルへ向かうと、バス停を案内する電光掲示板が設置されている。素晴らしい!いつも観光客として右往左往していたのだが、これからは安心してバスに乗れそうだ。

 バスで東武宇都宮駅前に移動し、少し早めのチェックイン。大きなカバンを置き、いざ出陣。

 まずは駅前のゲーセンヒカリ。4台のMFCがフル稼働。人気があって何よりだ。

 返す刀でオリオン通りのゲーセンたつみへ移動したのだが、なんとこちらも4台フル稼働。

 これは想定外だった。やることがない。とぼとぼとゲーセンヒカリに戻り、座った先は、バブルボブル。これくらいしか知っているゲームがない。

 十数年ぶりだったが、これはこれで懐かしくて楽しめた。しかし、一向にMFCは埋まっている。

 諦め半分でたつみへ移動すると、ようやく空き台ができた。してやったり。

 これだけ人気が高いのだから、さぞかし料金が安いのであろうと思ったのだが、そうは問屋が卸さない。横浜駅周辺よりも高かった。残念。

 東風を打ち始め、程なくして友人が来てくれた。初日の麻雀はこれにて終了。


 バスに揺られ、いつものあの子が待つ居酒屋へと到着した。詳しいことは過去記事をご覧ください。

 戦友と近況や今後のこと、昔話などに花を咲かせ、今回も美味しい酒を飲むことができた。戦友よ、ありがとう。

 完全に酔っぱらった状態で東武宇都宮駅前に戻り、勢いのまま2軒目へ。ここでも楽しい時間が心地よく流れ、とても楽しかった。

 話は尽きないが、残念ながら時間には限りがある。戦友にご馳走になり、一日目が幕を閉じた。

二日目へ続く

2011年9月 4日 (日)

世界陸上in韓国

9月4日(日)晴れ

 まだ夜が明けきる前に目が覚めてしまった。メローイエローを飲みながら、なんとなくパソコンを眺めて時間を過ごす。

 次にテレビを点けると、どうやら今日は世界陸上の男子マラソンが行われるようだ。陸上部出身の小生にとって、世界陸上は2年に1度の夢の祭典。ヨーロッパで行われる際は、時差の関係で深夜まで起きて観戦してきた。

 今回の開催地は、お隣の韓国。よって、時差の関係もなくゴールデンタイムにテレビ放映がされている。

 絶好の機会であるにもかかわらず、何故か今大会は、一度も織田裕二の勇姿を見ていない。もう小生の身体の中では、世界陸上=深夜という図式が成り立ってしまっており、残念ながら結果だけをニュースで確認するだけとなってしまっている。

 ということで、とても興味がある男子マラソンではあるが、いつもの身支度をして家を出てしまった。

 時刻は9時。横浜駅のスタバでアイスラテを購入し、てくてくとゲーセンへ向かう。すると、途中のスロット屋に人の群れがある。ざっと50人ほどいるであろうか。私も学生の頃はモーニング狙いで並んだものだが、今は昔。はて、現在でもモーニングサービスは存在するのであろうか。兎にも角にも、スロットの人気が健在であることは良いことか。

 スロット屋で並ぶ皆様の幸運を祈りながら、いつものF店へ到着。あれ?9台中、7台が稼働している。ネットで調べたところ、9時開店とのことであったが、店員さんに聞いてみたら、「8時オープンです。」とのこと。してやられた。まぁ、端台が空いていたから良しとしよう。

 カードをかざし、半荘SSリーグへ参戦。5戦して、

 1.4.3.1.4

 最近は派手な立直麻雀を目指しているせいか、トップビリ麻雀が多くなっている。最後は華麗に飛ばされて、一旦終了。クレジットが残っていたため、東風を1戦だけ済ませて昼食休憩。

 横浜駅西口のモアーズ裏方面にある行き付けのラーメン屋で舌鼓。続けて東口に移動して、これまた行き付けの洋服屋で秋物の服を買い、今日のノルマは終了した。

 このまま帰ることができるほどMFC依存症は軽くない。当たり前のようにF店へ舞い戻り、改めて半荘SSリーグに参戦した。6戦して、

 3.1.1.2.2.4

 初戦から無難に打ち回すことができたのだが、最終戦で痛恨の最下位。対面のダマ七対に2度も刺さってしまった。ビリで結構毛だらけ、猫灰だらけ。

 現在半荘SSリーグpt.は66点台で暫定トップ。このまま逃げ切れるとも思わないが、これ以上pt.を伸ばすのもしんどい。せめてSS維持ができれば御の字としよう。

【本日の戦績】
真珠±0個
黄珠+5個
CS+1,600

真珠累計29個
黄珠累計885個

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2011年8月27日 (土)

仕事帰りの風景

 月曜日、定時を少し過ぎたところで仕事を終え、乗り慣れた電車で横浜へと戻る。

 時刻は18時半。久しぶりにスーツでゲーセンの門を叩いてしまった。やはりこのゲームは中毒性が強い。いや、私が弱いだけか。

 前回の記事で、『調子が良い』と書いてしまったが、書けば不調になるのが関の山。今夜は如何にとカードをかざす。

 半荘SSを4戦して、

 4.3.2.4

 ダメだこりゃ。今まで運が良かっただけだった。残念無念。

 
 リベンジとばかりに水曜日。一昨日と同じ時刻に、同じF店へとやってきた。気合いを入れてカードをかざし、半荘SSへ。

 3戦して、

 2.1.4

 2戦目に数え役満が飛び出した。立直一発ツモ白ドラ11。MFCを打ち始めて8年半にして、初めての数え役満と相成った。

 これで波に乗れないのが実力不足の証拠だ。ケも無し。最後は呆気なく最下位に沈み、帰宅の途についた。


 実家で晩飯を食べ終え、台所の換気扇の下で一服していると、母親が「あれ?眼鏡どこにやったかしら?」と呟いている。私がテーブルの上を探していると、

 「あらやだ、かけてた。あはははっ。」

 磯野家の波平さんでさえ、おでこにしているというのに、眼鏡をかけたまま眼鏡を探すとは、これ如何に。

 
・真珠累計29個
・黄珠累計880個くらい

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2011年8月21日 (日)

好調持続

8月21日(日)雨

 本日はブログで告知した合わせの日。主催者となるのは相当久しぶりである。寝坊してはならぬと気合いを入れ過ぎたのか、普段より早く目が覚めてしまった。

 それにしても寒い。どうやら数日前の台風並みの嵐が、秋の寒気を連れて来てくれたようだ。このまま涼しくなってくれれば助かるのだが、どうなることやら。

 窓の外は霧雨の風情。迷った挙げ句に半袖を選んで外に出たのだが、これが悪手と相成った。傘の下で身を丸くしながら、早足で最寄り駅までの道程を急ぐ。

 腹が減っては戦はできぬ。横浜駅前の立ち食いそば屋で「玉子蕎麦ください。」と注文したら、「はいよ!」と玉子うどんが出てきた。否定するのも面倒臭いので、食べたかった蕎麦を思い浮かべながら黙々と玉子うどんを胃へ流し込む。

 さて、合わせの時刻まであと10分。いつものS店へ向かう前に、久しぶりにF店を覗いてみた。すると、料金設定がS店と同じではないか。これならばと空き台に腰を下ろし、タバコに火を点け、時間が流れるのを待つ。

 無事に14:07,14:47、ともに時刻ちょうどに入室することができた。同卓させていただいた皆々様、誠にありがとうございました。また、同卓できなかった皆々様、次の機会にお会いしましょう。

 合わせを終え、昨日から始まっている半荘SSリーグに参戦した。まず7戦して、

 2.2.3.2.1.1.4

 序盤は苦しいながら中間順位を拾うことができ、5戦目に本日初のトップを奪取。そしてドラマは6戦目に訪れた。

 序盤に親の跳満に刺さってしまい、オーラス親番で持ち点4,100点、トップまでの差は40,000点以上。ここから3局連続でテンパイ即立直、すべて一発ツモという漫画のような大逆転劇。してやったり。他家の舌打ちが聞こえてきそうであった。

 しかし、これで運を使い果たしたのか、はたまた油断したのか、次戦本日初の最下位に沈んだところで一旦終了し、友人のEN:ナナシーが打っているS店へ移動した。

 運良く隣台が空いていたため、再び半荘SSへ。4戦して、

 1.1.3.2

 3戦目に明らかなミスを犯してしまったが、それ以外は順調に珠を増やすことができ、気持ち良く終了することができた。


 半年ぶりにMFCへ復帰して約1ヶ月が経過したのだが、とにかく調子が良い。8月に限定すると、一日CSがマイナスで終わったことが無く、7日間の稼働で既に100万CS前後まで達している。半年のブランクを経て、打ち方をシンプルに変えたことがプラスに作用しているのかもしれない。

 この調子のまま、半荘SSSへ昇格してみたいものだ。

【本日の戦績】
真珠+3個
黄珠+12個
CS+354,900

真珠累計31個
黄珠累計878個

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2011年8月17日 (水)

我が良き友よ

 かまやつひろしの名曲『我が良き友よ』。仕事柄、得意先の社長と飲む機会も多く、しばしばスナック等でカラオケを唄う機会がある。最新の曲を唄うわけにもいかず、空気を読んで懐メロを選曲するのだが、演歌は難しいため、かまやつひろしの『我が良き友よ』を歌うことにしている。いわゆる十八番というやつか。

 2011年8月吉日。私にとっての我が良き友と久々に麻雀を打つことと相成った。ここで友人3人を紹介しよう。

 I氏。ENはナナシー。出会いは幼稚園のクラスメートであり、高校まですべて同じ学校を卒業した。30年来の親友であり、憧れの存在でもある。麻雀は白虎系。美しい手役&破壊力を重視する雀風であるが、私の薦めで新たな境地を開拓中。なお、私をMFC依存症にした張本人である(笑)

 K氏。小学校・中学校の同級生。小学校時代は同じクラスにならなかったこともあり、お互い名前を知っている程度であったが、中学で3年間すべて同じクラスになり、家も近所だったため、中学卒業後もよく一緒に遊んでいた。私が麻雀を好むようになったのはK氏の影響である。麻雀は玄武系。

 20代前半の頃、今思えば小さなことでK氏を怒らせてしまい、10年以上絶縁の状態が続いた。100%私が悪かったにもかかわらず、素直に謝ることさえできなかった。この場を借りて、あの時はごめんなさい。

 再会のきっかけは、2011年4月。俳優・田中実さんの訃報であった。我々が高校生の頃、刑事貴族2という刑事ドラマが2人とも好きだったため、「刑事貴族の実が死んじゃったな。泣きそうになった。」とメールしたことをきっかけに、再会を果たすことができた。

 S氏。高校の同級生。一度もクラスメートになったことは無いのだが、共通の友人を介して話すようになり、同じ予備校に通って苦楽を共にし、仲良くなった。趣味が広く、こちらに併せてくれることが多い気がする。麻雀は青龍系。

 23歳の頃、私が税理士試験に専念していたとき、たまに連絡をもらい、ファミレスで喋ることがあった。当時の私にとって貴重な息抜きの時間であり、今でもとても感謝している。この場を借りて、ありがとう。

 10数年ぶりの麻雀勝負。レートは低く設定し、お金ではなく、プライドを賭けた真剣勝負だ。

 半荘を7戦して、1.4.2.3.1.1.4

 MFCで例えると、黄珠+2個。してやったり。ツモ和了が多かったので、運に恵まれたといったところ。

 忘れかけていた青春時代の1ページを思い出す一日と相成った。

【合わせ告知】
・日程:8/21(日)
・時間:14:07、14:47
・場所:段位別半荘
・ルール:ガチ

合わせ告知

 半荘SSS雀士から合わせの挑戦状を頂戴した。

・日程:8/21(日)
・時間:14:07、14:47
・場所:段位別半荘
・ルール:ガチ

 皆様の参加をお待ちしております。

2011年8月 6日 (土)

静寂

 2011年8月。昨年の酷暑が嘘のように、横浜では優しい暑さが続いている。夏の風物詩の一つである蝉の合唱も聞こえてこない静寂な夜。夏本番はこれからであろうか。

 5月に崩した体調は無事に回復し、ようやく普通に日々を過ごすことができている。2011年1月から半年間打たなかったMFCも、現在は1stカードで少しだけ稼働させており、東風及び半荘でSリーグに在籍している。今後もブログを更新できる程度に闘牌できればよいのだが、まずは本業と体調管理を大切にし、またぞろ倒れないよう気を付けなければなかろう。

 それにしても半年間のブランクというのは大きいもので、対戦相手のエフェクトにある砦やらmillionaireやらの意味がわからない。質素だった初期のMFCに思いを馳せる。

 また、料金体系も横浜駅周辺では相変わらず高い水準を保っているように感じる。MFC7の頃と比較すると、客付きが悪い。ゲーム機能の充実と反比例して客が減っている。状況を打破するためには、料金の引き下げが必須となり、結局はゲーセンの経営が苦しくなってしまう。この辺りをメーカーがどのように考えているかが気になるところ。


 最後に、前回の記事に載せた問題の答えは、下記の通り。※広辞苑より

・【やんちょ】→A.人力車

・【あげいお】→A.神に供える魚

・【ちめぐさ】→A.オミナエシの古名

2011年7月20日 (水)

たほいや

 『たほいや』というゲームをご存じであろうか。

 小生が高校3年生だった1993年、フジテレビで深夜に放送されていた番組であり、広辞苑を用いた言葉遊びである。

 ゲームは基本的に5人で行い、親が広辞苑に載っている馴染みの無い言葉を出題し、子が出題された言葉の意味を考え、さも広辞苑に載っていそうな意味を創造し、周りの人間を騙すことを試みる。

 自身で考えた嘘の意味に周りが騙される瞬間が、このゲームの醍醐味である。麻雀で言えば、ロン和了の瞬間に似ているであろうか。


 高校3年生の頃、深夜テレビを視聴した翌日に図書館から広辞苑を拝借し、教室でニヤニヤしながら広辞苑を眺めていた。周りから見れば、間違いなく不審者だ。

 しかし、クラスメートのT氏が『たほいや』を視聴していることを知ってから事態は一変した。まだ視聴していない人間にルールを教え込み、5人揃えてゲームを開始した。一度始めてしまえば勢いを増し、その状況を見ていたクラスメートが興味を持ち始め、徐々に競技人口が増えていった。

 残念ながら大学受験シーズンだったため、大流行とまではならなかったが、小生の『たほいや』熱が下がることはなく、中学時代の友人にも競技ルールを広めていった。


 あれから18年。Youtubeを視聴していたら、たまたま『たほいや』最終回スペシャルがupされているのを発見し、小生の『たほいや』熱が再燃した。すぐさま友人にメールし、先日4人で『たほいや』を実施することができた。

 そのときに出題された問題を3つほど。


・問題【やんちょ】

 1.大分県の方言。やんちゃの意。
 2.中国明代の学者。
 3.人力車。
 4.東北地方でやぐらの意。


・問題【あげいお】

 1.アメリカの哲学者。
 2.火山の噴火活動で露出した硫化性物質。
 3.インド東部西ベンガル州の村。
 4.神に供える魚。


・問題【ちめぐさ】

 1.面倒臭い様。
 2.ナデシコ科の多年草。
 3.畑が一斉に芽吹く時期。
 4.オミナエシの古名。


 上記選択肢の内、広辞苑の答えが一つ。他は子が考えたダミーの回答。誰がどの回答を提出してきたのかを考えるのも面白く、消去法などで本来の意味を推察していくことも回答手法の一つ。騙されずに本来の意味を当てることができれば勝利に近づくことになる。


 麻雀と似ている点と言えば、面子集めが大変なこと。競技人口が少ないため、なかなか5人揃えることは難しいが、35歳にして『たほいや』は大人の遊びとして秀逸だということに気付いてしまった。どうにかして『たほいや』面子を増やしていきたいところだ。

2011年7月12日 (火)

1st.カード

 2011年1月に天下一将棋会を打った際、1st.カードを取り忘れて早半年。このままデータを失ってもいいかとも考えたが、数名の方々からデータだけは残しておいた方が良いとの忠告を受け、先日新しいカードへの移行手続きを済ませることができた。

 以前のように鬼打ちをすることは無いと思われるが、旅打ちなどを中心に細々と打ち続けようかと考えております。

 MFCから卒業するチャンスではあったが、依存症が治っただけで良しとしよう。

2011年6月26日 (日)

安心と不安

 前回の記事を掲載した後、口頭・電話・メール・コメント等で多くの方々から温かいお言葉を頂戴しました。誠にありがとうございました。

 5月下旬から心臓が痛み始め、3週間が経過しても状況が好転しなかったため、循環器科専門の病院にて精密検査を受けた。

 心電図、心臓エコー検査、血液検査、24時間心電図、運動時心電図など。

 上記検査の結果、心臓に異常は見当たらないとのこと。してやったり。

 循環器科の医師によれば、とくに心臓に関する薬で治すような状況ではなく、仕事のストレスや長い緊張状態が続くと心臓に痛みが出ることもあるそうで、ゆっくりしていればやがて治るらしい。

 現在も多少の痛みがあり、少し歩くだけで動悸が激しくなるのだが、医者が大丈夫と言うのだから大丈夫。昔から、占いと医者の言葉は、自分に都合の良いところだけを信じることにしている。これでいいのだ。

 仕事は、クビを覚悟で長期休暇を頂くことができたため、しばらくは税理士試験の勉強をしながら、ボロボロの身体を治すことに専念しよう。

2011年6月 6日 (月)

 前回の更新から2ヶ月が経過してしまった。2011年1月22日にカードを失って以来、一度もMFCを打っておらず、新しいカードへのデータ移行もしていないため、ブログ更新の機会が乏しい。

 また、税理士事務所に勤める小生にとって、上半期は多忙を極め、文字通り心を亡くす5ヶ月間と相成った。3月下旬には咳が3週間ほど続いてしまい、電話で会話が出来ない程の状況に陥った。

 5月下旬から突如心臓が苦しくなった。少し歩いただけで、まるで全力疾走をした後のような鼓動が続き、しばしば胸に痛みが走る。人生で初の症状だ。

 循環器科で診察してもらったところ、とりあえず異常は見当たらず、重箱の隅を突くような精密検査を受ける前に、過労が原因であることを疑った方が良いとのことで、とにかく症状が消えるまで休養することを勧められた。

 小さな事務所に勤務している身としては、長期の休暇を取得する余裕は無いのだが、さすがに心臓の痛みを隠してまで働く気力は無い。クビを覚悟で、治るまでゆっくりするしかなさそうだ。


 年始の誓いで、フルマラソンに挑戦することを宣言し、多方面から反響をいただいていたのだが、このままでは走ることは疎か、歩くことも辛い。残念だが今は完治することを信じて、ジッとしていよう。

2011年3月27日 (日)

願い

 平成23年3月11日(金)、晴れ。確定申告の期限に追われ、朝から必死に仕事をこなし、夕方以降に約束しているお客様との打ち合わせ資料を作成しながら、正午を迎えた。

 昼休みを終え、いつもの平凡な午後の時間が過ぎていくはずであったが、あの忌々しい揺れが渋谷の街にも襲いかかった。

 過去に経験したことの無い長時間の揺れ。窓の外を見ると、首都高の照明灯が激しく揺さぶられ、向こう側の10階建てのビルがまるで蒟蒻のように震えていた。

 事務所の同僚は書籍棚が倒れないよう支えていたが、私は身動き一つ取ることができなかった。情けない。唯一デスクに座り続けた小生にできたことは、東北地方で震度7の速報を伝えることだけだった。

 所長のPCでテレビを点けると、信じられない光景が繰り返し流れている。日本がとんでもない状況に陥っていることは容易に理解できた。

 運良くケータイが繋がり、母親の無事を確認することができ、お客様とのアポイントもキャンセルできた。余震が続いたが、ようやく周りを見る余裕ができた頃、窓の外の首都高は封鎖され、国道246号線は大渋滞。いつもは閑散としている歩道は、群衆で溢れかえっていた。

 私が実家に到着できたのは、深夜の2時過ぎ。自宅が無事であったことに感謝しつつ、自分に何が出来るのか自問自答を繰り返しながら、眠れずに朝を迎えていた。

 地震、津波、原発事故、計画停電、放射能汚染。あれから2週間、戦々恐々の事態が続いている。街の灯は消え、東京や横浜の経済は落ち込んでいる。

 震災当初は節制を心掛けようと考えていた。しかし、被災地が復興するためにも、被災地以外の街が倒れては意味が無い。今まで通り、普通に生活し、その上で義援金を送り続けよう。

 
 3月27日現在、気になることが一つ。それは政府が発表する情報について。健康に影響は無いレベルという言葉が繰り返されている。とりあえず素直に信じよう。

 歴史に詳しいわけではないが、とある戦争で最後まで負けを認めず、南から北から陸戦が始まり、2つの原爆を落とされ多数の尊い命を失った国があったと聞く。大丈夫という言葉を繰り返し、犠牲者が増えないことを切に願う。

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