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2014年9月30日 (火)

 ・出る杭は打たれる

 すぐれてぬけ出ている者は、とかく憎まれる。また、さしでてふるまう者は他から制裁されることのたとえ。(広辞苑より)

 私が予備校に通っていた頃、当時の人気講師が講義の中で、このことわざに対し、『出る杭は、打たれても出る!』と力説されていたことが、懐かしい記憶として残っている。

 その6年前、12歳の頃。『杭は、出る前から打たれる。』という実体験を書きたいと思う。


 中学校の入学式を終えた数日後。私は小学生時代からの友人のS君と一緒に職員室に向かっていた。右手に、陸上部への入部届の紙を握りしめている。

 緊張しながら職員室の戸を開け、中に入る。陸上部の顧問がどこにいるのか判るわけもなく、おそらく近くにいた名も知らぬ大人に聞いたのであろう。教えられた方向に進み、顧問の先生に陸上部への入部届を持ってきた旨を伝えた。

 それまで笑顔だったその陸上部の顧問は、私が提出した入部届を見た途端、眉間にシワを寄せ、表情を曇らせ、職員室中に轟くような大声で叫んだ。


 『おーい!羽島先生!拓先生!』


 職員室中の大人がこちらを振り向き、パンチパーマの男と、おそらく拓先生なる大人が駆け足で近寄る。


 『関先生、どうしたの?そんな大声出して?』

 『これ見てよ!』


 私が提出した入部届を大男3人が睨み付け、すぐさまその眼光は、12歳の私に向けられた。


 『お前が○○の弟か?今年入学することは知ってたぞ。まさか関先生の陸上部に入りたいとは度胸がいいな!お前だけは不良にさせないからな!』


 目の前のパンチパーマの男が大声で罵る。私は、なんとなく状況を理解することができたが、友人のS君は目が点のまま私を見つめていた。


 私は、男3人兄弟の末っ子として育った。8歳上と6歳上の兄がいる。6歳上の兄が中学校を卒業して3年後に、私は同じ中学校に入学したのである。

 幸か不幸か、私の名字は地域的には珍しい存在であるため、パンチパーマの男は、『あいつの弟!』だと入部届を見ただけで判断することができたのである。

 6歳上の兄は中学生時代に不良だった。いや、40代の現在も不良なのかもしれない。本人は、『やんちゃだっただけ。』と否定しているから、やんちゃだったことにしておこう。

 そのやんちゃだった兄に、関先生もパンチパーマの男も大変迷惑を被ったようで、その弟の入学が、悪夢の再来かのように感じている様子であった。

 そう、これこそが『杭は、出る前から打たれる。』の実体験である。


 数日後、何事もなかったかのように陸上部へ入部し、普通の中学1年生として過ごしていた1月の上旬。奇しくも、そのパンチパーマの男の授業中に、担任から呼び出しを受けた。


 『御家族から電話だ!急げ!』


 言われるがままに受話器を耳に当てる。電話の相手が誰だったかは覚えていない。もしかしたら、その6歳上の兄だったかもしれない。父が危篤状態とのことだった。

 中学校から徒歩10分ほどの場所にある病院までダッシュした。泣きながら走っていたような記憶もあるが、とにかく必死に走った。病室に到着すると、すでに人工呼吸器に繋がれた父がベッドに横たわっている。

 数日後に行われた通夜には、関先生もパンチパーマの男も参列してくれた。法事を終え、中学校の普段の生活に戻った私に対し、2人とも優しい言葉を掛けてくれた。


 中学2年の3学期、突然パンチパーマの男から職員室への呼び出しを受けた。悪いことをした覚えはない。不安な気持ちを隠しきれないまま、私は職員室のパンチパーマの男の前に立った。


 『この学校から、お前を奨学金の対象者として推薦したいと思っている。』


 14歳の脳味噌には到底理解できない内容だったが、よくよく聞いてみると、母子家庭を支援する奨学金があり、この中学校から1人だけ推薦できるその制度に、正式に君を推薦したい、とのことだった。


 『他の中学校からも推薦者がいるだろうから、必ず奨学金が貰えるという保証は無いんだが、推薦させてくれ!』


 なんとも有り難い話だというのに、当時は職員室で緊張していたため、愛想無い態度を取ってしまったが、この文章を書いている今、涙が頬をつたっている。

 入学早々、出る前から打たれたはずの杭を、今では倒れそうな杭を先生たちが支えてくれていた。あの恩は今も忘れてはいない。忘れてはいないのだが、恩返しすることも出来ていない。『ありがとうございました!』の一言さえ伝えていないのである。

 いつの日か、感謝の言葉を伝えられる日が来ることを願う。それまでは、すべてのことに感謝する気持ちを忘れずに、懸命に生きていこうと誓った秋の夜長である。

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