カテゴリー「仲間」の2件の記事

2014年12月26日 (金)

打倒

2014/12/26(金)晴れ

 忙しく過ごした年末の業務も一段落し、夕方から役所を巡り、最後に横浜のお客様に書類をお渡しして2014年の仕事を無事に終えた。

 『良いお年をお迎えください。』

 当たり前のフレーズかもしれないが、この言葉は、言うにも聞くにも心地良い。

 良いことばかりではないけれど、とにかく一年を無事に過ごすことができたことを実感する。あと何回、この言葉を言うことができるのか、それも人生の楽しみの一つ。

 さて、横浜のお客様の事務所を出たのが17時半。数年前の小生であれば、間違いなくゲーセンへ直行し、缶コーヒーを片手にタバコを一服。長年の習慣とは怖いもので、何も考えずに自然と足が向かうことになっている。

 しかし、今日の私は違った。依存症は克服できるのだ。強烈に押し寄せる誘惑と戦いながら、真っ直ぐに電車のホームに向かったのである。

 これには訳がある。麻雀格闘倶楽部に依存していた頃は、とくに『これ!』といった目標が無かったのだが、今は違う。どうしても達成したい目標がある。

 その目標とは、次に参加するフルマラソンで4時間53分を切ること。

 話は高校時代にまで遡る。私は陸上部の長距離部に属していたのだが、中学時代に痛めた膝や足首が治らず、ほとんど練習ができなかったため、ただいるだけの存在で3年間が過ぎ去った。

 そんな私とは対照的に、キャプテンだった男は800m走で全国大会まで行ったスーパースター。月とすっぽん。雲泥の差。あれから20年が経過した。

 2014年秋。数年ぶりに横浜で一緒に飲む機会があった。キャプテンだった男は、昨年から継続して湘南マラソンに参加していることを知ったため、

 『いつの日か、フルマラソンで同一年度のお前の記録を上回る!』

 横浜の居酒屋で高らかに宣言をした。これが私の現在の目標である。

 彼には一度も勝ったことがない。いや、勝負すらできなかった情けない青春時代。このままでは負け犬で人生が終わる。せめて一矢を報いたい。負け犬にも吠える権利はあるのさ。

 麻雀格闘倶楽部で遊んでいた時期も楽しかったが、あれは嫌な現実から数時間だけ逃避するのに最適なだけで、とくに達成感は無かった。

 今は、過去の忘れたい記憶、情けなかった陸上部時代から逃げずに、戦うことを決めた。絶対に勝つ。そう自分に言い聞かせて、肌寒い夜空へ駆けだした冬の一日。

 p.s. タカ兄、郵便物ありがとう。

2014年8月18日 (月)

 暁。『夜を三つに分けた第3番目。宵・夜中に続く。現在では、やや明るくなってからを指すが、古くは、暗いうち、夜が明けようとする時。よあけ。あけがた。』広辞苑より。


 この字を見ると、『あかつき』と読む人が多数であろうが、小生は20年ほど前から『さとる』と読んでしまう。


 彼との出会いは大学時代。英語の授業を受けるためだけに設けられたクラスが同じであった。最初から仲が良かったわけではないが、彼の面白さに気付くまでに、多くの時間はかからなかった。

 クラスのリーダー的存在の男を中心に、彼も私も集まり、いつしか一緒に焼き肉を食べたり、酒を飲むようになった。大学を卒業して15年が経過した現在でも、年に1回は男数人で集まり、みんなで一緒に酒を飲んでいる。


 あれは大学4年の頃であろうか。その仲間の男3人で、酒を片手に彼の家を訪問した。私の記憶が確かであれば、事前の連絡をしていない突撃の訪問だった。

 家に入り、酒を飲み、将棋や麻雀をやったような記憶があるが、酔っていたので曖昧だ。始発が動くまでお邪魔した記憶だけは確かに残っている。


 『明日の朝、答練があるから帰ってくれ。』


 彼は大学在学中から公認会計士の資格を取得するため、資格の学校にも通っていた。本来ならば、答練のための勉強をするべき時間に、勉強の邪魔だけではなく、寝る時間すら奪った馬鹿な男3人。今となっては笑い話かもしれないが、恨まれていてもおかしくはない。

 一睡もせずに夜が明け、まさに暁の時間帯に彼の家を出発し、徒歩10分ほどの横浜駅へ男4人で歩いて行く。駅に到着し、またな!とお別れ。馬鹿3人衆は各々の電車の改札へ向かい、彼は専門学校へと向かっていった。

 歩いて行く彼の背中を見たとき、敗北感と罪悪感に襲われた。まじめに勉学に励み、将来を見据えて資格の取得を目指す男がいるというのに、自分はパチスロ等に明け暮れ、将来を考えることすら放棄している。

 これではダメだ。自分もまじめに頑張らなければ、遠い将来で差が広がってしまう。そう思った。

 その日から、己の重い腰を上げるまでに丸1年を要してしまったが、自分は税理士の資格を取得しようと一念発起し、現在に至る。まだ税理士の資格は取得できていないが、あの日の想いのおかげで現在の仕事に就くことができた。そう、すべては彼のおかげなのである。


 最後にもう一つ、彼に懺悔したいことがある。数年前、彼の披露宴に招待され、参加する予定であったのだが、前日にインフルエンザを発症し、急遽欠席してしまったこと。本当に申し訳ない。

 そして、この文章を書いていて思い出した。それは、その披露宴で渡すはずであったお祝いをまだ渡していない。今更感が否めないのだが、来年の新年会で会った時に渡すことにしよう。